3月24日
6年生92名が元気に巣立ちました
学校長式辞
皆さんの卒業をお祝いして校庭の桜の花が満開です。
只今皆さん一人一人に卒業証書をお渡しいたしました。皆さんの瞳の奥にあるそれぞれの決意を確かに受け取りました。改めまして、皆さんご卒業おめでとうございます。
今日は初めに一人の1年生の話をします。コロナ禍で不安でいっぱいな気持ちで入学した一年生。その子は毎朝泣いていました。泣きながら、ランドセルを置いて走り出してしまうこともありました。その子があるときを境に「学校が楽しい。」というようになりました。そのきっかけは、六年生との交流でした。感染症対策のため、他学年との交流は止めていたのですが、六年生は何かできることはないかと、いろいろと工夫して、一年生の不安を受け止めてくれました。この交流をきっかけにその子は学校が楽しいと思えるようになったのです。
こうして、一年生のみならず全校児童が、そして全教職員が、六年生のピンチをチャンスに代えるエネルギ―から元気をもらいました。私はそんな皆さんと出会えたことに感謝し、この出会いを、誇りに思っています。
次に、ミヒャエルエンデ作「モモ」という作品について話します。一節を紹介します。「モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに思い迷っていた人は、急に自分の意志がはっきりしてきます。引っ込み思案の人は急に眼の前が開け勇気が出てきます。不幸な人、悩みのある人には、希望と明るさが湧いてきます。俺の人生は失敗で、何の意味もないケチな人生で、壊れたツボと同じ。別のツボが俺の場所をふさぐだけと考えていた人がいたとします。この人がモモのところに出かけて行ってその考えを打ち明けたとします。するとしゃべっているうちに、不思議なことに自分は間違っていたことが分かってくるのです。俺は俺なんだ。世界中の人間の中で、俺という人間は、一人しかいない。だから俺は俺なりにこの世の中で大切な存在なんだ。こういう風にモモは人の話が聞けたのです。」
さて、これからの皆さんの未来は、順風満帆とはいかないこともあると思います。「努力しなさい」と大人は言いますが、努力を積み重ねたとしても、必ずしも自分が期待したような結果がすぐに手に入らないこともあるものです。悩んだ時,行き詰った時はどうぞ、そばにいるモモを探してください。きっと皆さんの身近には、皆さんの話に耳を傾けてくれるあなたにとっての「モモ」がいるはずです。そしてやがては、自分自身が誰かの「モモ」になってあげてください。誰かのために自分の時間を使って人の話に耳を傾け、人の気持ちを想像したり寄り添ったりできるモモがどんどん増えていったら、いいと思っています。そうすればきっとみんなが安心して生活できる世界になることでしょう。紛争や差別や偏見、いじめやハラスメントのない社会になっていくと信じています。
皆さんはどんな時も繋がっています。みんながみんなの「モモ」になりましょう。このことをわたくしの式辞として皆さんに贈ります。
さて保護者の皆様東日本大震災から十年がたちました。3・11のあの日、2時46分まだ小さかったお子さん方を抱えて、大きな不安の中に押しつぶされそうになったことでしょう。あれから十年、「あしたという日がこの子たちにとって幸せな日となるように!」と毎日毎日、祈り続けた日々だったことと思います。「学校に行きたくない」と言って立ち止まってしまった朝もあったかもしれません。そんな朝、お子さんを信じ、学校を信頼してそっと背中を押してくださったことに、心より感謝申し上げます。これからの10年も、そしてまたその次の10年も、この子供たちの未来に幸あれと一緒に応援し続けて参りましょう。
本日はお子様のご卒業、誠におめでとうございます。
最後にここにお集まりいただいたすべての皆様のご健康とご多幸をお折りしてわたくしからのお祝いの言葉とさせていただきます。
令和三年三月二十四日 国分寺市立第七小学校 校長 藤原栄子
3月23日の給食は卒業や進級をお祝いするメニューでした
学校長式辞
皆さんの卒業をお祝いして校庭の桜の花が満開です。
只今皆さん一人一人に卒業証書をお渡しいたしました。皆さんの瞳の奥にあるそれぞれの決意を確かに受け取りました。改めまして、皆さんご卒業おめでとうございます。
今日は初めに一人の1年生の話をします。コロナ禍で不安でいっぱいな気持ちで入学した一年生。その子は毎朝泣いていました。泣きながら、ランドセルを置いて走り出してしまうこともありました。その子があるときを境に「学校が楽しい。」というようになりました。そのきっかけは、六年生との交流でした。感染症対策のため、他学年との交流は止めていたのですが、六年生は何かできることはないかと、いろいろと工夫して、一年生の不安を受け止めてくれました。この交流をきっかけにその子は学校が楽しいと思えるようになったのです。
こうして、一年生のみならず全校児童が、そして全教職員が、六年生のピンチをチャンスに代えるエネルギ―から元気をもらいました。私はそんな皆さんと出会えたことに感謝し、この出会いを、誇りに思っています。
次に、ミヒャエルエンデ作「モモ」という作品について話します。一節を紹介します。「モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに思い迷っていた人は、急に自分の意志がはっきりしてきます。引っ込み思案の人は急に眼の前が開け勇気が出てきます。不幸な人、悩みのある人には、希望と明るさが湧いてきます。俺の人生は失敗で、何の意味もないケチな人生で、壊れたツボと同じ。別のツボが俺の場所をふさぐだけと考えていた人がいたとします。この人がモモのところに出かけて行ってその考えを打ち明けたとします。するとしゃべっているうちに、不思議なことに自分は間違っていたことが分かってくるのです。俺は俺なんだ。世界中の人間の中で、俺という人間は、一人しかいない。だから俺は俺なりにこの世の中で大切な存在なんだ。こういう風にモモは人の話が聞けたのです。」
さて、これからの皆さんの未来は、順風満帆とはいかないこともあると思います。「努力しなさい」と大人は言いますが、努力を積み重ねたとしても、必ずしも自分が期待したような結果がすぐに手に入らないこともあるものです。悩んだ時,行き詰った時はどうぞ、そばにいるモモを探してください。きっと皆さんの身近には、皆さんの話に耳を傾けてくれるあなたにとっての「モモ」がいるはずです。そしてやがては、自分自身が誰かの「モモ」になってあげてください。誰かのために自分の時間を使って人の話に耳を傾け、人の気持ちを想像したり寄り添ったりできるモモがどんどん増えていったら、いいと思っています。そうすればきっとみんなが安心して生活できる世界になることでしょう。紛争や差別や偏見、いじめやハラスメントのない社会になっていくと信じています。
皆さんはどんな時も繋がっています。みんながみんなの「モモ」になりましょう。このことをわたくしの式辞として皆さんに贈ります。
さて保護者の皆様東日本大震災から十年がたちました。3・11のあの日、2時46分まだ小さかったお子さん方を抱えて、大きな不安の中に押しつぶされそうになったことでしょう。あれから十年、「あしたという日がこの子たちにとって幸せな日となるように!」と毎日毎日、祈り続けた日々だったことと思います。「学校に行きたくない」と言って立ち止まってしまった朝もあったかもしれません。そんな朝、お子さんを信じ、学校を信頼してそっと背中を押してくださったことに、心より感謝申し上げます。これからの10年も、そしてまたその次の10年も、この子供たちの未来に幸あれと一緒に応援し続けて参りましょう。
本日はお子様のご卒業、誠におめでとうございます。
最後にここにお集まりいただいたすべての皆様のご健康とご多幸をお折りしてわたくしからのお祝いの言葉とさせていただきます。
令和三年三月二十四日 国分寺市立第七小学校 校長 藤原栄子
3月23日の給食は卒業や進級をお祝いするメニューでした |